歴史・由緒

多井畑厄除八幡宮の由緒

多井畑厄除八幡宮は、応神天皇をお祀りする神社です


 日本最古の厄除けの霊地と伝えられ、古くより「神戸須磨の厄神さん」として親しまれ、多くの方々の信仰を集めてまいりました。

その由緒は、神護景雲四年(770年)にさかのぼると伝えられています。当時、世に疫病が広がった折、災厄を鎮め、人々の平穏を願うため、五畿内の国境十か所に疫神をお祀りし、疫神祓いの祭祀が執り行われました。多井畑の地は、古山陽道において摂津国と播磨国の国境に位置していたことから、その一か所として疫神が祀られたと伝えられています。
その後、高倉天皇の御代、安元年間(1175年~1177年)には、この由緒ある霊地に京都の石清水八幡宮を勧請し、応神天皇をお祀りする八幡宮となりました。

以来、疫神祓いの霊地としての信仰と、八幡大神の御神徳が重なり、この地は厄除け・疫病退散の祈りを受け継ぐ霊地として、多くの人々に崇敬されてきました。また、須磨にゆかりの深い在原行平が当宮にて祈りを捧げたとの伝承や、寿永三年(1184年)の一の谷の合戦に際して、源義経が武運長久を祈願したとの言い伝えも残されています。

長い年月を経た今も、多井畑厄除八幡宮は、厄除け・病気平癒・家内安全を願う多くの参拝者をお迎えしています。

疫神祭塚

境内には、厄除け信仰の由緒を今に伝える「疫神祭塚」が祀られています。
神護景雲四年(770年)、この地で疫病退散を願う祈りが捧げられたことに由来し、当宮が日本最古の厄除けの霊地と伝えられる大切な由緒の一つです。

疫神祭塚は、災厄を鎮め、心身を清め、無病息災と平穏を願う祈りの場として、古くから多くの人々の信仰を集めてきました。時代が移り変わった今も、その祈りは厄除けの信仰として脈々と受け継がれています。

厄年を迎えた方をはじめ、家内安全、身体健全、無病息災を願う皆さまがこの地に心を寄せています。疫神祭塚は、多井畑厄除八幡宮の厄除け信仰の原点を今に伝える、かけがえのない祈りの場所です。

御社殿

現在の本殿は、延文五年(1360年)の造営と伝えられています。

春日造の本殿は、鮮やかな極彩色を残す美しい社殿であり、長い歴史の中で多くの人々の祈りを受け止めてきました。

古くより大切に守り継がれてきた社殿は、多井畑の地に息づく信仰の歴史を今に伝えています。

今も受け継がれる厄除けの祈り

多井畑厄除八幡宮では、毎年一月十八日から二十日までの三日間、厄除大祭を斎行いたします。期間中は、厄除けや無病息災を願う多くの皆さまがお参りになり、境内は大きなにぎわいに包まれます。

厄除けの御祈祷は、厄除大祭の三日間だけではありません。当社では、一年を通して毎日、事前のご予約なしで承っております。

神護景雲四年(770年)から受け継がれてきた厄除けの信仰は、今も日々の御祈祷の中に息づいています。皆さまが災いを免れ、穏やかな毎日を過ごされますよう、変わることなく祈りを捧げています。

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